2012年 03月 06日
鎌倉芸術館は、JR鎌倉駅にあるものだと勝手に思い込んでしまっていたが、JR大船駅であった。恥ずかしながら、大船が鎌倉市だったことも、この機会を通じて知ったのである。
私のチケットは、8列22番だった。ライブがあったのを知ったのはかなり後だったわりに、比較的前の真ん中あたりのチケットがいただけたのだ。これを〈君はラッキースター〉という(笑)。
…冗談はさておき、トップバッターは高野寛さんだった。「これでも一番若いんです。だから最初で」と話す。そして〈君住む街へ〉や〈ベステンダンク〉歌いはじめた。記憶の奥底に残っている歌。久々に聴いたなあ、と思った。小倉博和さんの16弦ギターが加わると、いっそう楽曲のよさが冴え渡る。高野寛さんは才能があるんだけどなあ。もっと売れてもおかしくないのに。
その後、高野寛さんはステージを後にし、小倉博和さんのギターソロとなる。右端にいるのは誰なんだろう…?と思ったら、鈴木正人さんだった。彼がプログラミングで、小倉博和さんのギターに花を添える。そして再び高野寛さんが登場し、小倉博和さんといっしょに〈風来坊〉を歌う。小倉博和さんは学生時代、お母さんから「…そんな歌を歌うの?」と言われたことがあるのだそうだ。
そしていよいよ、細野晴臣さん登場。高野寛さん、小倉博和さんと共に〈ありがとう〉を歌う。二人が「小坂忠さんのいない〈ありがとう〉は聴いたことがない」というと「これは小坂忠あっての〈ありがとう〉だから」とおっしゃった。さすが、仲間思いの細野さん。
細野さんは終始緊張をしているのか、照れ隠しなのか「眠い」を連発する(笑)。そして「さっきの二人がメインで、こっちはすぐ終わるから」「眠くなる音楽だけど、君たちが眠る前に僕が眠るから」「みんな若くていいなあ。僕はこの通り年をとったから」などとおっしゃる(苦笑)。決して〈かっこいいこと〉や〈印象に残ること〉は一言も言わない。しかし細野さんの残してきたことや、やってきたことがあるからこそ、細野さんの音楽を聴きたい、ライブを観に行きたい人は後をたたないのだと思う。もちろん私も、その一人だ。
結局、ことばより〈行動〉で示す。それが一番なんだと、細野さんを観て思うことが多い。
「僕はかつてテクノという音楽をやっておりまして(場内爆笑)、これは本来テクノだったのですが、今日は最近僕が凝っている40年代風の音楽でやってみます」といって演奏したのが〈Radioactivity〉。これはアレンジもおもしろくて、非常によかった。「この曲ができた頃は、それほど放射能のことを考えていなかった」という旨のことをおっしゃっていたが、昨年のことがない限り、誰もがそう思っていなかったように思う。
その後〈悲しみのラッキースター〉や〈The Song is Ended〉などを披露。そしてまさかの〈はらいそ〉や〈香港ブルース〉まで聴けるとは!しかも今回は、私の好きなウッドベースやマンドリン、アコーディオンに三味線が加わり、実にユニークな編成だった。個人的には、非常に満足。
ただ気になるのは細野さんが「ちょっと糖尿病気味なんだよ…」とおっしゃっていたこと。『TV Bros』でも星野源さんと「油がうまいんだよ…」とおっしゃっていたからなあ。きっと油っこいメニューがお好きなのだろう。そういうところもかわいらしいけれど、いささか心配(苦笑)。「眠い」を連発していたのも、ライブの前の日の晩、緊張のあまり眠っていなかったようだし…。世界的な音楽家でありながら、繊細な方なのだろう。いや、繊細な方だからこそ、世界的な音楽家になれたのかもしれない。
また細野さんのライブに行けるといいな。
私のチケットは、8列22番だった。ライブがあったのを知ったのはかなり後だったわりに、比較的前の真ん中あたりのチケットがいただけたのだ。これを〈君はラッキースター〉という(笑)。
…冗談はさておき、トップバッターは高野寛さんだった。「これでも一番若いんです。だから最初で」と話す。そして〈君住む街へ〉や〈ベステンダンク〉歌いはじめた。記憶の奥底に残っている歌。久々に聴いたなあ、と思った。小倉博和さんの16弦ギターが加わると、いっそう楽曲のよさが冴え渡る。高野寛さんは才能があるんだけどなあ。もっと売れてもおかしくないのに。
その後、高野寛さんはステージを後にし、小倉博和さんのギターソロとなる。右端にいるのは誰なんだろう…?と思ったら、鈴木正人さんだった。彼がプログラミングで、小倉博和さんのギターに花を添える。そして再び高野寛さんが登場し、小倉博和さんといっしょに〈風来坊〉を歌う。小倉博和さんは学生時代、お母さんから「…そんな歌を歌うの?」と言われたことがあるのだそうだ。
そしていよいよ、細野晴臣さん登場。高野寛さん、小倉博和さんと共に〈ありがとう〉を歌う。二人が「小坂忠さんのいない〈ありがとう〉は聴いたことがない」というと「これは小坂忠あっての〈ありがとう〉だから」とおっしゃった。さすが、仲間思いの細野さん。
細野さんは終始緊張をしているのか、照れ隠しなのか「眠い」を連発する(笑)。そして「さっきの二人がメインで、こっちはすぐ終わるから」「眠くなる音楽だけど、君たちが眠る前に僕が眠るから」「みんな若くていいなあ。僕はこの通り年をとったから」などとおっしゃる(苦笑)。決して〈かっこいいこと〉や〈印象に残ること〉は一言も言わない。しかし細野さんの残してきたことや、やってきたことがあるからこそ、細野さんの音楽を聴きたい、ライブを観に行きたい人は後をたたないのだと思う。もちろん私も、その一人だ。
結局、ことばより〈行動〉で示す。それが一番なんだと、細野さんを観て思うことが多い。
「僕はかつてテクノという音楽をやっておりまして(場内爆笑)、これは本来テクノだったのですが、今日は最近僕が凝っている40年代風の音楽でやってみます」といって演奏したのが〈Radioactivity〉。これはアレンジもおもしろくて、非常によかった。「この曲ができた頃は、それほど放射能のことを考えていなかった」という旨のことをおっしゃっていたが、昨年のことがない限り、誰もがそう思っていなかったように思う。
その後〈悲しみのラッキースター〉や〈The Song is Ended〉などを披露。そしてまさかの〈はらいそ〉や〈香港ブルース〉まで聴けるとは!しかも今回は、私の好きなウッドベースやマンドリン、アコーディオンに三味線が加わり、実にユニークな編成だった。個人的には、非常に満足。
ただ気になるのは細野さんが「ちょっと糖尿病気味なんだよ…」とおっしゃっていたこと。『TV Bros』でも星野源さんと「油がうまいんだよ…」とおっしゃっていたからなあ。きっと油っこいメニューがお好きなのだろう。そういうところもかわいらしいけれど、いささか心配(苦笑)。「眠い」を連発していたのも、ライブの前の日の晩、緊張のあまり眠っていなかったようだし…。世界的な音楽家でありながら、繊細な方なのだろう。いや、繊細な方だからこそ、世界的な音楽家になれたのかもしれない。
また細野さんのライブに行けるといいな。




