人生には、いいときも悪いときも。 |
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昨日の昼間、TBSチャンネルの向田邦子新春スペシャル『男どき女どき』(88年)を観た。久世光彦さんが監督/演出をしたこのシリーズが昔から大好きで、10代の頃から欠かさず観ていたものだ。念願叶って生前の久世さんにお会いでき、インタビューできたことが、私にとって宝物のように輝いている。
■こちらは向田さんの〈冬の家族〉。久世光彦さんが手がけたこのシリーズが、大好きだ。
〈男どき女どき〉は、世阿弥の『風姿花伝』の中に出てくる言葉だそうだ。〈男どき女どき〉も〈風姿花伝〉もうっとりするほど美しい言葉だなあ…と感じる。昔の方々は風流で、本当にセンスがよい。ちなみに〈男どき女どき〉は[おどきめどき]と読み、“男どきは順調な時、女どきは不調な時”という意味だ。女がよくない時というのはいささか腑に落ちない思いもあるけれど、要は東洋思想の陰陽と同じようなもので、昔の女性は〈影〉の部分を背負っていたのであろう。つまり〈男どき女どき〉は、“人生には、いいときも悪いときもある”というわけである。
このドラマは、昭和10年代の東京の池上が舞台。池上本門寺のそばに住む母子4人の話である。長女・菊子の結婚生活を中心に展開していくのだが、彼女は夫に馴染めていない。夫もそれを認識している。そんな夫婦の姿を描きながら、彼女の家族に話が及んでいく。
当時はおせちをすべて手作りでつくった。その戦場のような台所の姿から、池上本門寺の除夜の鐘の音まで、ディテールも細かい。それをリアルに描くために久世さんは、昭和初期の小道具に徹底的にこだわった。そんな中、田中裕子さんのどこを見ているのかわからないようなぼんやりとした視線がおもしろい。久世さんは「田中裕子というのはとてもユニークで、最高の女優だ」と言っていたのがよくわかる。もちろん脇を固める加藤治子さんや、小林薫さん、渡辺えりさんも素晴らしい。よくこれだけの布陣を固めたものだなあ…と思う。
田中裕子さんは左の二の腕に、傷を持った女性を演じた。足が不自由だったり、傷を持たせたり…久世さんは女性に何かを失わせる設定にすることが多い。どうやらそういう女性がお好きだったようで、彼には艶っぽく映っていたようだ。
久世さんはこれからの日本をどう観ただろう…と時に思うことがある。彼や向田さんと一晩中語り明かすような、そんな機会が欲しかった。その機会を得るには、私はあまりにも幼すぎたようだ。