『キャタピラー』@横浜ジャック&ベティ |
私は映画を観る前に情報は、一切入れないことにしている。映画館へ行って驚くのが好きだからだ。映画を観て驚けないなんて、これほどつまらないことはない。なので私自身もあまり映画の内容がわかることは、ここで書きたくない。
内容を一切知らなかったため、なぜこの映画が『キャタピラー』という題名なのかわからなかった。しかしタイトルが画面に映し出されると同時に、その謎が解ける。とにかく設定が絶望的なのだ。ふつうの映画なら、終わりの部分に持っていく内容を冒頭に持ってきている。そのせいかどうかわからないが、エンドロールで流れるキャストやスタッフの名前が真っ先にやってくるのだ。
ものの15分の絶望的な設定に、これからどう展開するのだろうか…と思う。しかし大した展開はない。唯一この映画で難点があるとすれば、ここではないだろうか。いわば脚本が今一歩なのだ。しかし設定だけで、成功だと思わせるものがある。いわば原作の力量に頼っている部分が大きいのだと思う。
もちろん、寺島しのぶさんの迫真の演技はすごい。テレビなどで予告に流れていた田んぼで暴れるシーンなどは、この映画にとってはまだ生やさしい箇所にすぎない。肉体や食べ物にまみれ、惨めったらしく泣き荒ぶ箇所は幾度と出てくる。ここは本当に見ものである。
また今は戦中映画やドラマをやると現在の時代の空気と混ざり、必ず歪みが出てきて観客をシラケさせることが多い。しかしそういったことは、この映画には一切見受けられなかった。それも彼女がすっぴんで映画に臨み、飾り立てる素振りすら見せなかったこと。脇役や端役にも、現在の時代の空気を感じさせる人を一切使わなかったこと。そして撮影場所を、昭和初期の雰囲気を損なわない場所にしたこと。そういったことがうまくかみ合って、違和感のないものにしている。これは若松孝二監督の手腕に頼っているところが大きいのではないだろうか。
この映画のテーマだが、これは戦争の是非を問うものではないと私は思う。私はむしろ人間の〈欲〉について語った映画ではないだろうか。人間は削ぎ落とされていくと、結局2つの欲望しか残らないのだ。この映画では、戦争という名目を借りてそれを表現しているだけにすぎない。しかし人間はその2つの欲だけでは生きていけない。結局いろんな欲が満たされたり、満たされないことによって、幸せがあるのだ。その削ぎ落とした欲望を、あの兵士の姿が見事に表現しているのではないだろうか。戦争映画というよりは、人間の〈欲〉について叩きつけた映画だと思う。