隣のアパートの人間模様。 |
その女の子は、両親と姉の4人家族。父は薬の販売の仕事をしていたようで、その子の家に行くとたくさんの薬が自宅に置いてあった。姉がいるせいか彼女は非常に活発で、いろんな遊びを知っている。しかも感情の表現が巧みで、長女の私よりはるかにマセていたのである。
小学校2年生のことだっただろうか。彼女がある日、私にこう言った。「お父さんとお母さんが離れて暮らすとなったら、美佐緒ちゃんはどっちについていく?」と。その質問は今も覚えているくらいだから、子どもながらにショックだったのだろう。「そんなことは考えたことがない。絶対いやだ。考えられない」。確か私は、そう答えたと思う。すると彼女は、「私はお母さん。お母さんに絶対ついていく」と答えた。その結論がすぐさま出せる彼女はすごいと思ったし、お父さんがそこまでイヤだったのかな…とも思った。
その後、彼女の家に行くと、彼女の父は常に家にいるようだった。子どもながらにおかしいな、と思ったのである。しかも、家から鼻を突くような臭いがしてくる。今思うと、彼女の父はアルコール中毒で、酒を飲んだ後の独特の尿の臭いだったのだと思う。それで彼女の両親は、離婚へ向けて話し合っていたようである。
それから1年もしないうちに、彼女の父だけアパートに残り、母と二人の娘は別府市に移っていった。彼女の父のアルコール中毒はいっそうひどくなり、フラフラと千鳥足で歩き、そのうち行方がわからなくなった。
それから3年ほど経った頃、旧実家を建てかえることになった。建築士はこのアパートをつくった方である。建て替える際には、私たち一家も借り住まいとして、このアパートの2階を使わせてもらった。また私たち一家が新居に移り住んでからは、若いカップルがこのアパートに住んでいた。同棲が流行っていた時代だったことも手伝って、すぐに入居者が決まったようである。カップルがカツンカツンと靴音を鳴らし、仕事に出かけ、夜になって抱き合って帰ってくる。その様子は2階の私の部屋の窓から、真正面に見えたのだった。
今思うと、このアパートでさまざまな人間模様を垣間見、そして幼いながら〈性〉というものを感じていた。大人の醜猥な部分も含め、静かに見つめていたように思う。