デアゴスティーニ 昭和タイムズ(2)1970年。 |
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昨晩の亀田VS内藤戦。亀田は守りと反則ばかり。内藤選手が距離を取って試合を再開しようとすると、カラダをぶつけてくる。試合をする気がないのかとさえ思えたが、弱いというのをある意味自覚していたのだろう。それにしても彼らは本当に、ボクシングをやりたいと思っているのか。最近はピアノの練習にあけくれていたり、一億円のファイトマネーがもらえることもあって、本当は興行がやりたいのではないかなと思う。興行がやりたいのであればそれでも構わないと思うが、あえて世界のタイトルマッチに出場しなくてもよいのではないか。だいたいああいう試合をやるのなら、ボクシングを本気でやりたいと思っている人に対して失礼だ。
その一方で無名のチャンピオンは、その一言一言が微笑ましく、かっこよかった。「切腹なんて最初からする気はなかったのはわかっていたから」「切腹と言ってイジめるのもかわいそうだから」と言いながら、大人の余裕を見せていた。奥さんと子どもさんとの生活も慎ましいながら、幸せにあふれているのがこちらにぐっと伝わってきた。小さな幸せって本当にいいなあ。
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今日はデアゴスティーニの『昭和タイムズ2(1970年)』を購入した(ははは…)。まさか自分が、デアゴスティーニの本を買うとは思わなかった。内容も決して詳しい説明があるわけでもないのだが、写真が貴重なので手元に置いておこうと思った。
この本によると、当時の平均寿命は男性で69歳、女性で74歳。35年で10年伸びているようだ。大学初任給は3万円。今と比べると20万円ほど伸びている。パン1斤50円、ハガキは1枚7円だったらしい。この本のなかでおもしろかったのは、公害に悩む東京の人に“新鮮な空気をどうぞ”と長野県の白馬山麓の空気を詰めた風船を、数寄屋橋の通行人にプレゼントした運動。ちょっとバカバカしいと言えなくもないが(笑)、気はこころというところなのだろう。
70年代というと、ananが創刊されたのもこの時代だ。この本にもananのことを少し触れていたが、特に目新しい情報はなかった。別の本で読んだのだが、ananが当時ダントツに新しかったのは本に〈型紙〉がついてなかったこと(!)だったらしい。当時の洋服の雑誌は、すべて型紙がついているのが当たり前だったのだ。当時はおそらくミシンで洋服をつくったり、編み機でセーターをつくるのがほとんどで、既製品を買うということは少なかったのだろう。確かにうちの母が読んでいた洋服の雑誌には、みな型紙がついていたような気もする。そのせいか、ただ単に最新のモードだけが並んだ雑誌というのは、とても斬新に感じられたのだろう。当たり前であることをあえてやらずに、引くことで新しさを出す。こういう発想のもとで、手法を変えるのはとてもいいな、と感じた。
私が70年代に興味をもつのは、決して懐古主義ではない。現代にくらべると、人間がテクノロジーのなかで暮らしていないせいか、個人のアイデアにゆだねられている部分が多い。それがとてもおもしろく感じるのだ。今のクリエイティブというのは、どうしてもメーカーの開発者の手の内で、のたうち廻っているようにしか見えないことも多い。そんななか人間のアイデアが豊かだった時代には、どんな発想でモノをつくっていたのか、そこがとても気になるのである。
当時はテクノロジーが進んでいないため、一瞥するととても古くさく感じるかもしれない。けれどもよく見ていくと、非常に上質でていねいにつくられていることがわかる。たとえば洋服ひとつをとっても当時の縫製とテキスタイルは、どう逆立ちしてもかなわない。音楽だってそうだ。当時の歌番組は、指揮者がいて20人ほどの演奏者がいて、生で歌う。これほどぜいたくなものはない。今の口パクとは雲泥の差だ。
個人的には、もっと当時のクリエイターの〈考え〉と〈姿勢〉を知りたいと思っている。私の古本収集は、これからも続く。