映画『人間の証明』。 |
私やcalmさんくらいの世代まではワールドミュージックを聴く人は、かなりいたものだ。いわば音楽に対して貪欲な世代である。日本や欧米の音楽だけでは飽き足らず(笑)、世界に目が向いてしまう。それもクラブでブラジル音楽を体験した、くらいのものではない。パキスタンやモロッコ、コロムビアやチリ、ベトナムやフィリピンなどありとあらゆる方向へ広がる。しかも世界中の音楽が日本や欧米の音楽にフィードバックしていることを、知ってしまった世代である。
子どもの頃豊かだった歌謡曲を味わい、学生の頃にYMOをはじめとするTECHNOを体験し、20歳前後にHIP HOPとHOUSEを知った。そして大人になってからは、ワールドミュージックに没頭する。すべて黎明期からリアルタイムだった。常に刺激とインスピレーションを音楽にいただき、翻弄させられてきた世代。この時代に生まれたことに対しては、いつも感謝している。お父さん、お母さん、ありがとう。
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映画『人間の証明』を観る。私が小学生のときにこの映画は公開され、告知CMを流していたことを思い出す。例の「母さん、あの麦わら帽子はどうしたんでしょうね」というフレーズつきのCMである。この映画がサスペンスであることは知っていたが、いったいどんな内容なのか全くわからなかった。そもそもキーワードが〈麦わら帽子〉〈刑事〉〈キスミー〉である。それらがあまりにも結びつかないので、内容を察することができない。しかしながらそれらがかけ離れている分だけ、おもしろいだろうな、と感じていた。だいたい映画のタイトルも『人間の証明』である。重い。この頃の映画のタイトルは重いものが多いけれど、そのタイトルに負けないくらい名作が多いように感じる。
観てみると、なるほどキーワードはこういう結びつきなのか、と思った。アメリカはニューヨークとの合作で、70年代のスラム街も味わえる。NYサルサ好きの私としては、こういう点でも楽しめた。
映画のテーマ曲は、ジョー山中さんが歌っていた。例の「Mama,Do you remember?」という曲である。ジョー山中さんのかっこよさは、ファンク好きもしくはレゲエ好きならご存知だろう。私ははじめて彼の姿を見たとき、非常に驚いた。ルックスが非常にかっこよく、生まれながらにして絵になるからだ。あの内田裕也さんが惹かれたのも、当然だと感じた。しかも3オクターブ(!)の声の持ち主。こういう人がふっと登場するのも、70年代らしい気がする。彼はテーマ曲を歌うだけではなく、映画のなかにも登場。切ない役柄である。
この映画には、三船敏郎さん(三船美佳さんのお父さんね(笑))や松田優作さんが登場。当時の俳優さんの風格は半端なく、存在感がある。今のように副業で俳優をやる、というような付け焼き刃は一切通用しない。ことばが重く、強い。俳優業に対し、こころから誇りを感じていることが観てとれる。だからこそ、子どもの私は大人がかっこいいと思っていたのだろう。
キャストはほかにも、岡田茉莉子さん、ハナ肇さん、鶴田浩二さん、長門洋之さん、大滝秀治さん、地井武男さん、岩城滉一さんなど、錚々たるメンバーが並ぶ。亡くなった方もいるが、みな若い。しかしこの映画での岩城滉一さんは下手だなあ(笑)。おそらくまだ駆け出しだったせいだろう。お金持ちのおぼっちゃん役なのだが、役を選べなかったことでもいかに駆け出しだったかが想像できる。
挿入歌は大野雄二さん。当然のことながら、黒っぽい素敵な曲ばかりが並ぶ。ああ…サントラがほしい(笑)。
この映画の功績はなんといっても、原作の森村誠一さんだと思う。〈麦わら帽子〉〈刑事〉〈キスミー〉というキーワードを結びつけ、ひとつの物語をつくりあげるのはやはり難しい。その裏に文学的な要素と日本の戦争の背景があるというのは、やはりおもしろい。当時にとっては戦争というものがいかに近しいものであったかも、映画を通じて味わえた。ともすれば戦争のことを忘れがちなほど年月が経ってしまった日本だが、70年代の映画やドラマには戦争のことを色濃く書いているものが多いので、そういう意味でも当時の映画を観る意義があるなと感じる。