大おじの家で。 |
お経を唱えたあと、仏壇にお線香を上げた。仏壇にあった大おじの姿は、私が小さい頃見た大おじの面影はまるでない。人はこれほど小さくなるものだろうか。
父方の一家といっしょに食事をとりながら、大おじの思い出を語り合う。大分市内のホテルで開かれた〈お別れの会〉に話がおよぶと、大おじの長男がその会で流したVTRを見せてくれた。大おじの行なってきた活動を映像化したものだ。そのVTRでは、若い頃の大おじの姿がたくさん出てくる。そのVTRのなかで大おじは〈起業家・政治家・ジャーナリスト〉の3つの顔を持つ人と言われていた。
大おじは強引で高圧的なところがあったが、晩年は寄付ばかりしていた。県体育協会もそうだが、母屋のある地元にも金を惜しまず出した。面倒見のいいところがある大おじなのだ。
その後、東京にいる大おじの兄弟の話になった。大おじの長女が私に「大おじの兄弟が、銀座にお店をもっているんだよ」というのだ。そんな話はほとんど聞いたことがなかったが、彼女が「行ってみるとおもしろいよ。オシレーターさんのことを話せば、きっと喜んでくれるだろうし」と言っていた。
銀座のお店というので“5坪くらいの小さなBARだろう”と踏んでいた。ところがインターネットで調べてみると、その店の名前で検索結果がたくさん出てくる。なんと昭和6年(!)からやっているお店のようで、妻夫木聡さんが出演していた映画『歌謡曲だよ、人生は』の舞台あいさつでも使われていたところのようだ。うちの母のアドレス帳には確かに、ここのオーナーの名前がある。今まで全く知らなかったとは。
「…うちの家系っていったい…」と思ってしまった。私は大の歌謡曲好きだが、まさかこんなところで自分の身内がつながっているとは夢にも思わなかった。近々、この店に足を運んでみるつもり。