平成の世だからこそ、残してほしい〈National〉。 |
別大マラソンは大分の繁華街を走る。街としては小さいけれども県庁前のあたりは、大分では最も栄えているところだ。
70年代は大分出身の宗茂/猛兄弟のマラソン選手が、素晴らしい記録(当時の世界歴代2位)を残していた。当時の私はマラソンがどんなものなのかあまり理解していなかったが、彼らの名前だけは知っていた。彼らの姿は新聞やテレビに頻繁に登場していたこともあったが、なんと言っても名前がキャッチ(笑)。小学生の私でも簡単に覚えられたのだ。こういうところから考えても名前は単刀直入に限るな、と思う。
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少し前に発表されていたが松下グループが〈松下電機〉と〈National〉を止め、〈Panasonic〉だけになる。淋しいなあ。松下幸之助さんの“松下”という名前は残してほしいと思っていたし、“国民のための”という意味の〈National〉は松下幸之助さんの国民を豊かにするという哲学そのものだから、なくなってしまうのは残念でたまらない。そもそも企業が“国民のため”だなんて思うはずがない、というのが今の風潮。私利私欲に溺れる平成の世の中だからこそ、〈National〉は残してほしいと思うのだが。
その〈National〉提供の番組には、こういう映像が使われていた。“明るいナショナル〜♪”っていうのがやっぱりいいなあ。高度成長を感じさせる。
〈National〉提供の番組というと代表的なものは、やはり『水戸黄門』。時代劇は70年代くらいの質感がいい。昔は時代劇も多くの人に愛されたのだが、今はほとんどなくなってしまった。その一因はハイビジョンにあるのではないだろうか。少なくとも私はハイビジョンで観ると、興ざめしてしまう。カツラの生え際までくっきり見えてしまうハイビジョンは、時代劇にはふさわしくないように感じる。しかも最近のドラマは照明が強すぎて、いかにもドラマをやっているという風だ。観ているほうがなかなか入り込めない。映像が美しいことはとても恵まれているはずなのだが、その反面こういった淋しさが生まれてしまった。とても残念だ。